<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" 
			xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" 
			xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/?xml">
<title>くのいち徒然草</title>
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/</link>
<description>いのち、こころ、体、看護、医療、スピリチュアル、自然崇拝などについて、ナースでヒーラーの“くのいちyoshi”が、感じるままに語ります。</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-683.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-680.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-681.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-678.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-677.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-683.html">
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-683.html</link>
<title>彩雲</title>
<description> ぼんやりしてるけど、彩雲。見てるうちに、何枚か写真を撮ってるうちにみるみる薄くなった淡く青っぽい彩雲で、なんともきれいだった患者さんが亡くなったある日、病院の窓から富士山の方角に彩雲を見つけたちっちゃいけど真四角で、鮮やかな縦の虹色彩雲ってわからずに、天国の窓が開いてる！って思ったっけ飛行機に乗ってるときに雲に映った飛行機の影を、まあるく取り巻いている彩雲も見た緯度が高いと角度の関係で出やすいのか
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ ぼんやりしてるけど、彩雲。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/u/n/kuno1/IMG_0302-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/u/n/kuno1/IMG_0302-1.jpg" alt="IMG_0302-1.jpg" border="0" width="448" height="336" /></a><br /><br />見てるうちに、何枚か写真を撮ってるうちに<br />みるみる薄くなった<br />淡く青っぽい彩雲で、なんともきれいだった<br /><br />患者さんが亡くなったある日、<br />病院の窓から富士山の方角に彩雲を見つけた<br />ちっちゃいけど真四角で、鮮やかな縦の虹色<br />彩雲ってわからずに、<br />天国の窓が開いてる！って思ったっけ<br /><br />飛行機に乗ってるときに<br />雲に映った飛行機の影を、まあるく取り巻いている彩雲も見た<br /><br />緯度が高いと角度の関係で出やすいのか？<br />北海道でも、ドイツでも何度か見た<br /><br />ああそうか<br /><br />見えなくても<br />こうしていても<br />鮮やかな色たちに囲まれている<br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>感性にピン！</dc:subject>
<dc:date>2011-10-11T01:52:53+09:00</dc:date>
<dc:creator>くのいちyoshi</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-680.html">
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-680.html</link>
<title>青葉の会の講演会</title>
<description> がん患者と家族によるがん患者と家族のためのがん患者と家族による会が青葉の会。今月、映画「おくりびと」のきっかけになった『納棺夫日記』の著者、青木新門氏の講演会を開催する。映画「おくりびと」は、『納棺夫日記』を読んで感銘を受けたモックンが青木氏と直接交渉し、映画化の許可を得て実現している。先日、青葉の会の代表の松尾さんが「こんなテーマの講演会をするとは」と、会員のがん患者さんから言われることもあると
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ がん患者と家族による<br />がん患者と家族のための<br />がん患者と家族による会が<br />青葉の会。<br /><br />今月、映画「おくりびと」のきっかけになった<br />『納棺夫日記』の著者、青木新門氏の講演会を開催する。<br /><br />映画「おくりびと」は、『納棺夫日記』を読んで感銘を受けたモックンが<br />青木氏と直接交渉し、映画化の許可を得て実現している。<br /><br />先日、青葉の会の代表の松尾さんが<br />「こんなテーマの講演会をするとは」と、<br />会員のがん患者さんから言われることもあると<br />おっしゃっていた。<br />やはり、見たくない、考えたくないという時期にある方も多い。<br />だからこそ、大事だと言われる松尾さんが、ほんとに素敵。<br /><br />がんでない人にも、がんの人にも<br />等しく必ず訪れる死。<br />この機会に、考えてみませんか。<br /><br />これまでに、数十（百？）名の方の看取りをした。<br />亡くなったら仏様になるとはこのことか、と痛感したほど、<br />亡くなられた方のお顔は仏様のようで美しく<br />毎回見とれていた。<br /><br />病院を出られる前の最後の体拭きにあたるのもありがたい。<br />見た目だけでなく、レントゲンやCTで身体の中の状態まで知っているだけに<br />このお体で、よく生きぬかれましたという敬意と、<br />ほんとうにお疲れ様でしたという気持ちだった。<br /><br /><br />今年は大きい会場で開催するため、<br />まだチケットに余裕があります。<br />是非、いらしてください。<br />私のところにもありますので、お気軽にご連絡ください。<br /><br />それにしても、ここ3回、臨終つながり（笑）<br /><br />*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*<br /><br /> <br />NPO法人　がんを学ぶ青葉の会<br /> <br />青木新門講演会<br /><br />“がんになっても安心して暮らせる社会に”との願いのもと、私達がんを学ぶ「青葉の会」は患者と家族の情報交換の場として設立、2010年8月ＮＰＯ法人化、2011年４月設立８周年を迎えました。<br />今回は青木新門氏の講演と砂川恵理歌さんの歌を企画致しました。<br />青木氏の「全存在を丸ごと受け止めることの大切さ」、「生かされていることを実感し、いのちはバトンタッチしてゆくものだ」というメッセージと、恵理歌さんの「人間の命の尊さ」をテーマした歌と共に、前向きに生きる力、希望と勇気をお持ち帰りいただけたら幸いです。<br /> <br />日　時　９月１１日（日）　<br />会　場　福岡市早良市民センター<br />　　　　　福岡市早良区百道2-2-1 電話： 092-831-2321<br />前売り　　２,０００円　当日　２,５００円<br /> <br />開場１２：３０　開演１３：００～１６:００<br /> <br />主催：ＮＰＯ法人がんを学ぶ青葉の会<br />事務所　〒811-0206　福岡市東区雁の巣2-15-22<br />【問合せ・申込み】松尾倶子090-3193-9676　村田広志090-9403-7405　<br />E-mail:info@hakata.main.jp<br /> <br />青木新門 (アオキシンモン)<br />1937年4月11日、富山県に生れる。早稲田大学中退後、富山市で飲食店を経営するかたわら文学を志す。吉村昭の推挙で『文学者』に短編小説『柿の炎』が載るものの、経営する店が倒産する。1973年、冠婚葬祭会社に入社、納棺専従社員（納棺夫）となる。<br />1993年、葬式の現場の体験を『納棺夫日記』として出版しベストセラーとなる。<br />1996年、本木雅弘が『納棺夫日記』を読んで感銘を受け、一旦は本木を主演とすることを条件に映画化を許可するものの、映画の脚本の結末が小説と異なることを理由に、映画の原作とすることを拒否する。2008年に「納棺夫日記」を原案とした映画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞して再び注目される。<br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>イベントのお知らせ</dc:subject>
<dc:date>2011-09-05T21:44:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>くのいちyoshi</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-681.html">
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-681.html</link>
<title>ご臨終メディア</title>
<description> ドイツのTV局ZDF「フロンタール２１」シリーズが 8/26 放送した番組Die Folgen von Fukushima1・3号機爆発映像込みだったが、著作権侵害で削除されていたためその場面をカットしたものがさっそく登場。ドイツは、チェルノブイリの事故で実際に放射能の被害にあっている。だからこその切実さが感じられる。日本でこういう取材＆報道がほとんど（？）なされないのが情けない。で、昨日倉庫を掃除していたら昔に買ったこんなものが…ご
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ ドイツのTV局ZDF「フロンタール２１」シリーズが 8/26 放送した番組<br />Die Folgen von Fukushima<br /><br /><iframe width="560" height="345" src="http://www.youtube.com/embed/fk6-8T75Q9w" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br /><br /><br />1・3号機爆発映像込みだったが、著作権侵害で削除されていたため<br />その場面をカットしたものがさっそく登場。<br /><br />ドイツは、チェルノブイリの事故で<br />実際に放射能の被害にあっている。<br />だからこその切実さが感じられる。<br />日本でこういう取材＆報道がほとんど（？）なされないのが情けない。<br /><br />で、昨日倉庫を掃除していたら昔に買ったこんなものが…<br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408720314X/14kuno1-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/217VJK59DBL._SL160_.jpg" alt="ご臨終メディア ―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 (集英社新書)" style="border:none;" /></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/408720314X/14kuno1-22" target="_blank">ご臨終メディア ―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 (集英社新書)</a><br />(2005/10/14)<br />森巣 博、森 達也 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408720314X/14kuno1-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br />『A』という、オウム真理教信者の日常を追った<br />ドキュメンタリー映画を撮った監督の対談だ。<br />当時通っていたBOX東中野に見に行ったが、<br />『A』はとても興味深くオススメ。<br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>地震・原発</dc:subject>
<dc:date>2011-08-31T19:58:02+09:00</dc:date>
<dc:creator>くのいちyoshi</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-678.html">
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-678.html</link>
<title>祝！大往生</title>
<description> 103歳のばばさまが亡くなった。明治生まれで、私の祖母の兄嫁にあたる。3週間前に会った時には、ベット上だったが母(姪)を見て名を呼び、強い力でぎゅっと手を握った。帰る挨拶をすると「もう帰ると？まだおらんね」と我々を引きとめた。「床ずれにならないように(左右に)動くベッドも借りたけど右に傾くと左の柵にしがみついてる」と、家の人が笑っていた。直前まで大好きなストロベリー味のエンシュアを飲み静かやね…と家の人が
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 103歳のばばさまが亡くなった。<br />明治生まれで、私の祖母の兄嫁にあたる。<br /><br />3週間前に会った時には、ベット上だったが<br />母(姪)を見て名を呼び、<br />強い力でぎゅっと手を握った。<br />帰る挨拶をすると<br />「もう帰ると？まだおらんね」と我々を引きとめた。<br /><br />「床ずれにならないように(左右に)動くベッドも借りたけど<br />右に傾くと左の柵にしがみついてる」<br />と、家の人が笑っていた。<br /><br />直前まで大好きなストロベリー味のエンシュアを飲み<br />静かやね…と家の人が見に行ったら亡くなっていたという<br />今どき宝くじに当たるより難しい理想的な大往生。<br /><br />葬儀が終わり、精進落としとして祖母の実家に集まっている時に<br />はとこ（ばばさまの孫）が面白い話をしてくれた。<br /><br />亡くなる前にはあっちとこっちを行き来していたようで<br />「思ったより悪いところじゃなかった」と言っていた。<br />そして、4人（すでに亡くなっている嫁ぎ先の人）迎えにきてくれたと<br />名前も挙げていた。<br />で、「じいちゃん（ばあさまの夫）が来とらんやった」と怒っていたから<br />「奥で待っとるったい」ってなだめた。<br /><br />違う人が来た時もあったそうで<br />その時には、「帰れー！」と大声で叫んでいたらしい。<br /><br />病院に勤めているとき、<br />誰もいない壁側に向かって(その壁の隣の部屋の患者さんが臨終の時間帯に)<br />「死神がいる、怖い」と叫んでおびえている患者さんを目撃したことがあったが<br />帰れと威嚇するあたり、ばばさまらしい。<br /><br />他にも不思議な話がいろいろと。<br /><br />また、このばばさまは、一生で一度も入院したことがなかったそうだ。<br /><br />出産も自宅。<br />明治生まれのかくしゃくとした方で体は丈夫。<br />私の祖母の葬式のときには、当時90歳くらいだったと思うが<br />屈伸運動をしていた。<br />ただの老衰で悪いところはないからと医師に言われ<br />在宅で、息子夫婦、孫やひ孫に囲まれ過ごしていた。<br /><br />身内にこういうばばさまがいたということが感慨深い。<br /><br />大往生で、アッチを偵察した上で逝っているので<br />寂しさはあるが、お祝いのようなもの。<br />ばばさまも、にぎやかなのが好きだったそうで<br />精進落としは、仏壇の前に集まって<br />みんなでワイワイと（ギャーギャーワーワーと）過ごした。<br /><br />翌日、母がのたまった。<br />「ほら、昨日の打ち上げのとき…」<br />…確かに気分はそんなかんじだったけど<br />精進落としです（爆）<br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>看護を考える</dc:subject>
<dc:date>2011-08-28T14:48:23+09:00</dc:date>
<dc:creator>くのいちyoshi</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-677.html">
<link>http://kuno1.blog82.fc2.com/blog-entry-677.html</link>
<title>高島野十郎里帰り展</title>
<description> 野十郎の里帰り展に行った。やっぱり本物はいい。「春になる」春の、何とも言えないあたたかく柔らかな日差しが窓から差し込んできて絵の前にいる者のところに届いてくる。この絵のメインは、描かれている物を通してしか感じられない、目に見えない春の息吹である。「割れた皿」大小様々な破片となった皿。しかしどんなに小さな破片でも、皿を構成していた一つである。さらに、皿が一枚であるときでも、割れてどんなに小さな破片に
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 野十郎の里帰り展に行った。<br />やっぱり本物はいい。<br /><br />「春になる」<br />春の、何とも言えないあたたかく柔らかな日差しが<br />窓から差し込んできて<br />絵の前にいる者のところに届いてくる。<br />この絵のメインは、<br />描かれている物を通してしか感じられない、<br />目に見えない春の息吹である。<br /><br /><br />「割れた皿」<br /><a href="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/imagesCA4KYK2L.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/imagesCA4KYK2L.jpg" alt="imagesCA4KYK2L.jpg" border="0" width="265" height="190" /></a><br /><br />大小様々な破片となった皿。<br />しかしどんなに小さな破片でも、皿を構成していた一つである。<br />さらに、皿が一枚であるときでも、割れてどんなに小さな破片になった今でも<br />‘ここにある’ことには変わりない。<br />野十郎はこういった思想をもってこの絵を描いたのではないかと感じた。<br /><br /><br />「菊の花」<br /><a href="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/ecb749e1358b68bef86fb8d5b99e8eb7.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/ecb749e1358b68bef86fb8d5b99e8eb7.jpg" alt="ecb749e1358b68bef86fb8d5b99e8eb7.jpg" border="0" width="207" height="240" /></a><br /><br />一つ一つの花の存在感、生きている輝きに圧倒される。<br />この、絵にある一つ一つから感じられるいのちの存在感は…<br />そうだ、長谷川潔と同じである。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/Book2.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-43.fc2.com/k/u/n/kuno1/Book2.jpg" alt="Book2.jpg" border="0" width="336" height="248" /></a><br /><br /><br />そこで2人の言葉を見てみた。<br /><br /><br />◆野十郎<br />‘花一つを、砂一粒を、人間と同物に見る事、神と見る事’<br />◆長谷川潔<br />‘(略)不意に、一本のある樹木が、燦然たる光を放って私に語りかけてきた。「ボン・ジュール！」と。私も「ボン・ジュール！」と答えた。するとその樹がじつにすばらしいものに見えてきたのである…(略)人間とは友であり、上でも下でもないこと、要するに万物はおなじだと、気づかされたのであった。’<br />‘一木一草をつかもうとするとかならず神に突きあたる。’<br /><br />彼らがモノと対峙する姿勢は、看護師が人と対峙する姿勢に通じる。<br /><br /><br />◆野十郎<br />‘生まれたときから散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落とせば落とす程写実は深くなる。<br />　写実の遂及とは何もかも洗ひ落として生まれる前の裸になる事、その事である’<br />‘在るに非ず、また在らずに非ざるなり’<br />◆長谷川潔<br />‘「人間の眼とはなにか？」を「人間とはなにか？」とともに研究すること’<br /><br />野十郎は10代から禅の修行をしており、<br />ハイデッガーも禅に関心を寄せていた。<br />フッサールのいうエポケー（モノを見ている時に自動的にわき上がる、<br />全ての判断やそれまでの知識を止める思考停止の態度）を、<br />野十郎は絵を描くということを通して体得しようとしていたのだろう。<br />モノを見る、知るということは、自分を見る、知るということと同じ。<br /><br /><br />◆長谷川潔<br />‘現代は、神性の観念よりはいって絵にいたる。私は、物よりはいってその神にいたる。’<br />‘地球上の目に見える世界をとおさないと、見えない世界にはいっていくことはできない。’<br /><br />見える世界を通して、神にいたる道筋は<br />具体的なケアを通して、看護の奥深さに触れる方向性と同じ。<br />世阿弥が、<br />‘＜流れ＞の位相を直接に真似ることから稽古を開始してはならない。<br />　たとえ最初は静止的・固定的であっても、演技の単位を習うことから始めるべきである。’<br />と言っていることとも重なる。<br /><br /><br />◆野十郎<br />‘写実の極致、やるせない人間の息づき―それを慈悲といふ’<br />◆長谷川潔<br />‘枯れ草や草花の種を人は、靴底に踏みにじってかえりみないが、<br />　私は、そこに意義と美を見いだす。<br />　それらを大事に取ってきて、飾り、かつ描く。<br />　そうしたもののなかにお宝を見出すのだ。’<br /><br />目の前のもの、そのものを、真摯に見つめようとするときのまなざしは<br />決して人間味を失った機械の眼ではない。<br />慈しむ心、慈悲である。<br />看護は、客観的に見るということを機械の眼になることと解釈していないか。<br />野十郎や長谷川のプレゼンスとまなざしに学ぶことは大きい。<br /><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J7PXX8/14kuno1-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="image/noimage.gif" alt="白昼に神を視る (1982年)" style="border:none;" /></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B000J7PXX8/14kuno1-22" target="_blank">白昼に神を視る (1982年)</a><br />(1982/03)<br />長谷川 潔、長谷川 仁 他<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J7PXX8/14kuno1-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br />長谷川潔氏の言葉は、全てここからの引用です。 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>看護を考える</dc:subject>
<dc:date>2011-08-22T11:04:24+09:00</dc:date>
<dc:creator>くのいちyoshi</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
</rdf:RDF>
